味わい深い技術用いた個性的な曲たち
「ピーターと狼」は、祖国へ復帰した、1936年に書かれています。直接の作曲の動機は、モスクワに設立された児童劇場からの依頼があったからで、ロシアに伝わる民話をもとにプロコフィエフ自身が脚本を手掛けました。森の牧場におじいさんと同居する好奇心旺盛な主人公の少年ピーターが、おじいさんの忠告を無視して、庭の外に出かけ、逃げ出した自宅のアヒルや、小鳥や猫と会話し、その後、恐ろしい狼が登場するも、動物たちとの共同作業により狼を無事に罠にかけて捕まえることができ、そこに狼を追って現れた猟師たちがあらわれ、彼らと一緒に狼を動物園に運ぶ凱旋の行進をしてハッピーエンド...といういかにも「子供向け」な筋書の物語ではあるのですが、それぞれの動物を表すように作曲された旋律は、オペラでも使われる「ライトモティーフ」という技法が使われていますし、しかも、その旋律が、プロコフィエフならではの斬新なハーモニーに彩られているのです。全体としては子供向きの、わかりやすく楽しめる曲たちが並んでいるのですが、大人が聴いても、プロコフィエフの並々ならぬ才能が感じられ、聴きごたえのある曲集となっています。
主人公ピーターは狼に食べられるどころか逆に捕獲してヒーローとなりますが、作曲者プロコフィエフは政治のみならず宗教や人権にまで踏み込む、狼よりおそろしい「社会主義」が蔓延するソヴィエトに帰りました。芸術分野にまで政治を持ち込んだ社会主義によって、他の作曲家と同様、プロコフィエフも帰国以後、たびたび苦労させられることになりますが、それはこの後の物語です。明快、単純さをよしとするこの時期の「社会主義的芸術」がもてはやされているソヴィエトで、プロコフィエフは、まず、子供向きとはいいながら、実に味わい深い大人の技術を用いた個性的な曲たちを完成させていたのです。
本田聖嗣