早野透『田中角栄』の方が高評価
『天才』のネットでの評価は分かれる。5月末までに「アマゾン」では150件あまりにのカスタマーレビューが寄せられているが、5段階評価では3.6にとどまる。「素晴らしい内容」「感動した」という声もある一方で、過去に何冊か「角栄本」を読んだ人が手厳しい。
「この本はかつて読んだ田中角栄本に書いてあった内容の書き写しでしかなくガッカリしました」「パクリ本。その一言に尽きます」「『私の履歴書』における田中角栄や立花隆の田中角栄関連の書籍を読んだことがある人には退屈といわねばならない」
元首相の功罪の「功」の部分しか焦点を当てておらず、「罪」に目を向けないのはいかがなものだろうか、という指摘もあった。
アマゾンレビューでは、早野透・元朝日新聞編集委員による『田中角栄――戦後日本の悲しき自画像』(中公新書、2012年)の方が面白いと推す人も目立った。元「田中番」記者で、ロッキード事件後も政治史の節目には目白の田中邸に通い、「ある程度、機微に触れる話ができるようになった」ジャーナリストによる「評伝」だ。
元首相は早野氏にこう漏らす。「新聞記者はこちらの懐に入ってきても、マムシはマムシだからな。いつ噛むかわからん」。そう言われながらも早野氏は、「田中角栄を至近距離で見てきた同時代の政治記者」として「田中角栄とは何だったのか」と問い続ける。2013年の新書大賞の2位。アマゾンの評価も4.7と高い。
立花氏は『研究』で元首相には4つの側面があると書いた。政治家、実業家、資産家、虚業家だ。この4つは複雑に絡み合うが、『研究』では主に「虚業家」の部分を白日にさらし衝撃を与えた。石原氏は「政治に関わった者としての責任」から「政治家」としての側面を軸に『天才』を書いた。早野氏は「同時代の政治記者」として多数の証言と80冊以上の参考文献をもとに克明な「評伝」を刻んだ。
ほかにも元秘書、親しかった女性、その子供たちも含め多くの人が「私の田中角栄」を書き残している。それだけ「田中角栄」という人物が陰影に富んでいたということだろう。それらを合わせて読めば「人間・田中角栄」、そして昭和という時代と戦後日本が生んだ「今太閤・田中角栄」の実像により近づけるにちがいない。