アメリカの虎の尾を踏んで怒りを買ったのか
『天才』が怒りを込めているのが「ロッキード事件」だ。石原氏は「米国の策略」説を主張する。元首相が独自の資源外交に乗り出したため、アメリカという支配者の虎の尾を踏んで怒りを買ったというのだ。本当にそうなのか。実際にロッキード事件を取材し、「田中角栄とは何か」という番組も制作した元TBS記者・ディレクターの田中良紹氏の見方は異なる。自身のブログで「石原慎太郎著『天才』に書かれたロッキード事件の大ウソ」と題し、以下のように反論している。
ロッキード事件とは、「アメリカの軍需産業であるロッキード社が世界十数か国に秘密代理人を置き、賄賂を使って航空機の売り込み工作を行っていた事実が暴露された」ものであり、「日本だけがターゲットにされた」わけではない。「欧州、南米、中東、アジアの国々などでも秘密代理人の名前が公表された」。したがって「田中(元首相)を狙ったものではない」。
首相在任時に、ロッキード社の航空機売り込みに関して5億円の賄賂を受け取ったとされるロッキード事件。当時は、首相になって初めての参院選を控えていた。そのためにざっと300億円の選挙費用を調達したという。『天才』の中で「元首相」はこう憤慨する。
「五億などという金は...俺が調達した選挙費用の中でははした金ともいえるものだ。...榎本(秘書)が受け取ったという五億という金の由来は丸紅の献金か、それともロッキード社からのものか、あるいはロッキードから十数億せしめたという児玉からの分け前なのか分かりもせぬまま、せまっている大切な選挙のためのどさくさの中で俺の事務所に入れられ、他の多額な金にまぎれて、(金庫番の)佐藤がてきぱきさばいたことに違いはない」
「要は...およそ三百億という金の中の、ただの五億という金の由来が問われたということなのだ」