伝説の経営者の知られざる一面に、心揺さぶられるノンフィクション

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「名経営者」「闘士」とは異なる人物像―人間、小倉昌男―

   著者が発見した「意外な事実」とは、低俗なのぞき見主義的なメディアなら、「スキャンダル」と扱いかねないものだ。しかし、本書で、そんな感じは全くない。むしろ、小倉にとっての「試練」であり、それを闘い抜いた小倉を知ることで、これまでの「名経営者」、「闘士」といった人物像とは異なる、「人間、小倉昌男」という新たな姿が立ち上ってくる。

   前述のように、「意外な事実」とは、小倉の家族をめぐる問題である。小倉は、それを一人で誠実に向き合い、受け止めてきた。ひとりの弱い夫や父として...。

   子ども達は小倉のことをこう評している。

    長女:「父の視点というのは、必ず弱いものに惹かれていました。絶対強いものにはいかない。宅急便だって、ふつうの主婦とかの不便や不都合に目がいって、事業化に結びついたし、福祉財団だってそう。それは、自分も弱きものという自覚があったのかもしれない」

   長男:「それは自分が小心者で、気が弱いとつねづね語っていたことともつながるよね。その小心者が世の中で闘わなくてはいけないとなって、論理とか理屈で武装した。そう考えると、一貫するんです。弱き者の立場でいるほうが、社会が見やすかったんだと思います」

   小倉は、若い頃、結核で療養していた時代に、救世軍(プロテスタント)でキリスト教の洗礼を受けていたが、引退前に、妻と同じカトリックへと改宗している。毎朝、夫婦で通っていたカトリック教会では、いつもこう祈っていたという。

    「今日も一日、悪いことをしませんように――」

   著者から取材を受けた人々は、みな小倉について、尊敬と愛情に満ちたコメントを残している。著者自身も小倉の人生を辿る中で、次第に、冷静な取材者の立場を超え、小倉の生き方を世に伝えたいとの思いを強くする。

   本書が、読む者の心を打つのは、「経営者」や「闘士」としての小倉に惹かれるからではない。「人間 小倉昌男」としての生き方に感銘を受けるからだろう。そして、小倉の数々の偉大な業績の背景に、ひとりの弱い人間としての「祈り」や「贖罪」の思いがあったという事実も心に染みる。

    素晴らしいノンフィクションだ。多くの人々に小倉昌男の人生を知ってほしいと思う。

JOJO(厚生労働省)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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