岩波新書から『風土記の世界』が出た。著者は立正大学教授の三浦佑之氏。作家の三浦しをんさんの父だ。
これまでにも『古事記を読みなおす』(筑摩新書)、『日本霊異記の世界』(角川学芸出版)など多数の著書がある。古代文学研究ではよく知られた人だが、今回は出版までに12年もかかったという労作だ。
「ヤマトタケル」の意外な姿
三浦さんが岩波書店の編集部から、『風土記の世界』というタイトルで新書を、と要望されたのは2003年の1月のこと。『口語訳 古事記』(文藝春秋)を出した直後だった。岩波書店には名著『古事記の世界』(西郷信綱著、1967年刊)がある。類似のタイトルでの新書出版の誘いに三浦さんは欣喜雀躍した。
ところが「風土記」はなかなかの難物だった。総体を把握できるまでに時間がかかった。貴重な資料でありながら、読むためのテキストも注釈書や解説書・入門書の類も少ない。最初の担当編集者は定年で退職。案件は後任の編集者に引き継がれ2016年4月、ようやく「風土記とはいかなる書物か」という課題が一冊の本にまとまった。
現在、いちおうまとまった形で残る風土記は、常陸、出雲、播磨、豊後、肥前の5か国。なかでも三浦さんが注目するのは「常陸」だ。「倭武天皇」(やまとたけるのすめらみこと)という、日本書紀や古事記には出てこない天皇に関する伝承がある。
「ヤマトタケル」は日本書紀では「日本武尊」(やまとたけるのみこと)、古事記では「倭建命」(やまとたけるのみこと)と表記されるヒーロー。両書では夭折の皇子とされているのに、「常陸」ではなぜか「天皇」なのだ。