食文化の奥行き
訳者によれば、本書は著者の母国フランスで一般向けに出版され「直後から好評を博した」という。また、著者は「食物を摂る」ことと「食べること」を区別する。曰く「前者は人の手の介入の外に実りを結んだ生のままの食物で、人はただこれを摂取するばかりだが、後者は人が按配し念入りに作り上げたもので、人間に固有の文明生活の一端...である」。端的に言えば「エサ」と「食事」の違いと言うべきか。
他国の古代の「食」に人々が強い関心を寄せ、「食べること」に特別の意義を見出すフランス人の姿勢を見ると、我が国の食文化を考えさせられる。
日本の普段の暮らしでは、コンビニ飯に違和感がなくなってしまった。国内を旅行して、地元の漬物でも買うかと土産物屋に立ち寄れば、観光振興とは名ばかり、「販売者」こそ地元だが「製造者」は明らかに他県と知れるパック商品ばかりが並ぶ。ミシュランガイドの東京の星の数を誇るのも良いが、ミシュランはそもそもフランスの会社である。
3600年前のメソポタミア人が食べていたのは、たとえば以下のような煮込み料理だという。現代日本の食と単純な比較はむろん出来ないが、読者諸賢はどのような感想をお持ちになるだろうか。
「鹿肉の煮込み。これには(ほかの)肉は必要ない。お前は水を用意する。そこに脂肪を加える。ねなし葛を好みで、塩は適宜、砕いた「粒団子(?)」[不明]、玉葱とサミドゥ、クミン(?)、コリアンダー(?)、ポロネギ、にんにく、ズルム[不明]を加える。お前は用意した肉を血に浸した後、以上すべてを胴張り大鍋に入れる。」
酔漢(経済官庁・Ⅰ種)