「悲愴」「運命」と同じハ短調を選択
交響曲の調性を記すとき、それは、第1楽章の冒頭の調を指すことになっています。クラシック曲は、転調といって、1曲の中でいろいろな調に変化することがあたりまえですから、「何調」という表記は、最初の、ごく一部分の調を表すのに過ぎないわけですが、それでも、作曲家にとっては、その選択は重大な意味を持ちます。
シューベルトは、交響曲第4番において、初めて「ハ短調」という「短調」を選択しました。明るい感じを与える長調、メジャーに対し、短調、マイナーは暗い感じを与えます。そして、同時に強い力を感じさせます。
ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」もハ短調で書かれています。そして、何より、彼の交響曲の名作、第5番「運命」(このタイトルは彼の命名によるものではありませんが)もハ短調で書かれているのです。
そして、ベートーヴェンにとっても、交響曲第5番は、初めての「短調」で始まる交響曲でした。もちろん、それらのことを熟知していたベートーヴェンの熱烈なファン、シューベルトが、初めて「ハ短調」の交響曲をつくろうと思い立ったのには、彼の覚悟が感じられます。彼が名付けた「悲劇的」というタイトルの中には、「運命的」な要素が入っているといってもいいのではないでしょうか?
本田聖嗣