格調高すぎた?森鴎外の名訳
前置きが長くなりましたが、日本ではさもクラシック音楽の代表ジャンルのような顔をしている「交響曲」って、実態はどんな曲を指すのでしょうか?
語源からさかのぼります。交響曲は、英語でもフランス語でもドイツ語でもイタリア語でも若干のスペルの違いと読み方の差異があるものの、ほぼ「シンフォニー」と呼ばれています。音楽の母国語、ともいうべきイタリア語でSinfoniaと呼ばれ、これが各国語に輸入されたからです。英語だとSymphonyと表記します。これは2つの言葉の合成語です。「シン」の部分が「共に、協調して」という意味合い――これは「シンクロ」の「シン」と同じです――そして残りの「フォニー」は、ギリシャ語由来で、「音」とか「声」といった音楽そのものを指す言葉です。頭に掛ける音楽を聴く道具、「ヘッドフォン」の「フォン」ですね。つまり「シンフォニー」は、「一緒に音を出す」という意味の合成語、造語です。これを「交響曲」または「交響楽」と訳したのは、明治の文豪、森鴎外だそうですが、名訳です。ひょっとしたら「協響曲」とか「同響楽」という訳語になっていたかもしれないわけですが、「交響曲」のほうが、はるかに格調高い雰囲気が漂います。
そう、「交響曲」には、「器楽奏者が一緒に音を出す」という意味しかないのです。
もともと、ルネッサンスからバロック期にかけてのイタリアで、オペラや、音楽附きの演劇を上演する際に、その最初に器楽奏者だけで、演奏した曲が「シンフォニア」と呼ばれたところから交響曲の歴史は始まっています。この時点でのシンフォニアは、器楽奏者のウォーミングアップと、腕前の誇示と、歌劇が始まる気分を高めるために、つまりお客さんをあたためるために演奏された「序曲」のようなもの、だったといってもいいでしょう。
それが、古典派の時代になり、「交響曲の父」ハイドンやモーツアルトの時代になって、交響曲は、オーケストラのメインの曲目となってゆきます。彼らが交響曲のフォルムを固めたのは間違いがありません。そのフォルム――いいかえれば形式――を少し専門的に書くと、「オーケストラで演奏される、少なくとも1楽章にソナタ形式を持つ比較的大規模な曲」となります。
いかにも杓子定規で頭が痛くなりそうなクラシック音楽の定義ですが、多くの方が「ソナタ」は聞いたことがあると思います。ピアノソナタ、ヴァイオリンソナタなどでおなじみですね。日本語では奏鳴曲――これはあまりうまい訳語ではなかったので、ちっとも普及しませんでしたが――と呼ばれるソナタは「提示部」「展開部」「再現部」を持ち、その他にもこまごまと決まりごとがあるような、ちょっとややこしい曲なのです。そんな規則など、聴くほうには関係ありませんよね。