義勇兵として参加、第一次大戦開戦の年に簡易版草稿
彼の作曲のモチーフには「消えゆく英国の伝統へのオマージュ」や「イギリスの田園風景」といったものが多く、この「揚げひばり」もメレディスの詩を読んで、彼の頭の中には作曲すべき光景が広がったのかもしれません。舞い上がりながらなくひばりの声が、独奏ヴァイオリンによって表現され、その後ろの風景を、オーケストラが奏でる、とても心休まる音楽となっています。日本の春の光景は何といっても咲き乱れる桜ですが、ヴォーン=ウィリアムズの音楽を聴くと、イギリスはひばりが舞い上がる光景なのかも...と思ってしまいます。実際に、この曲は、彼の曲の中でも人気が高く、ラジオの人気投票などでも、常に上位に来ます。
彼がこの曲をピアノ伴奏の簡易版で草稿を書き上げたのは、1914年でした。第一次大戦が開始した年です。すでに彼は40代だったので、徴兵はされませんでしたが、ノブレス・オブリージュの考えからか、自ら志願して、陸軍の医療兵団に義勇兵として参加し、フランスなどで激しい戦闘の中担架を運ぶ作業などに従事しました。彼の眼には、荒れる悲惨な戦場、失われてゆく「19世紀的なヨーロッパ」が映っていたはずですが、彼の心の中では田園風景の中、ひばりが舞い上がっていたのです。音楽は、優れた作曲家の「フィクション」によって作り出される芸術ですが、背景を知ると、ヴォーン=ウィリアムズの作曲にかける情熱が伝わってきます。
1918年の終戦後、復員したヴォーン=ウィリアムズは、この曲を完成させ、1920年にやっとピアノ伴奏版が初演され、翌年、オーケストラ伴奏の形になった現在の「揚げひばり」として初演されています。
本田聖嗣