さまざまな編曲が登場し人気爆発
20世紀に作曲された曲ではあるのですが、もともと、ラフマニノフは「遅れてきたロマン派」と形容されるぐらいロマンチックな作風を持っていましたし、かつ、この曲は、ラフマニノフがグレゴリオ聖歌や、バロック時代のアリアのスタイルを参考にして、いわばそれらへのオマージュという形で作ったと思われるために、ロシアの哀愁と、古典音楽の端正さを持つ非常に甘美な曲に仕上がっています。ラフマニノフの存命中からこの曲は人気を博し、実に様々な編曲が登場しています。メロディの部分を歌ではなく、器楽、たとえばヴァイオリンやチェロ、フルートやトランペットといった弦楽器や管楽器が演奏し、それをピアノが伴奏するものがたくさんあり、一方で、メロディも含めてピアノだけで弾いてしまう独奏ヴァージョンも何人ものピアニストによって作られています。伴奏の部分も、ラフマニノフのオリジナル以外に他人によって管弦楽化されたものも存在します。現在では原曲の歌+ピアノより、異なる組み合わせの編曲版のほうが演奏機会が多いぐらいです。
それだけ人気の爆発度合いがすごかった...といってもいいのですが、「ヴォカリーズ」だったことがその一因かもしれません。ロシア語、という他国人には難しい言語を使っておらず、「アー」や「オー」だけで歌われるので、誰にとっても理解しやすかったのです。音楽は国境を超える、とよく言いますが、この曲集の場合、「音楽は国境を超える、言葉は超えられなかった」...と多少シニカルに解釈してもよいのです。全14曲中、世界で愛されているのは、この「ヴォカリーズ」のみなのです。
パラドックス的ですが、この曲は、言葉がないから、余計なことを考えずに、音楽が直接ハートに届くように聴こえるのです。歌の無い歌が、世界を感動させたのです。
本田聖嗣