クラシック音楽が発達したヨーロッパは高緯度地帯です。トルコと日本の東北地方が同緯度ぐらいですから、それよりはるかに北にあるドイツやフランスといった国々は、緯度のせいで冬は夜が長く、春への思いが募ります。日本も、2月、3月は、日が長くなってきているのにまだ寒い日も多く、早く本格的な春になって暖かくならないかな、と思わず考えてしまいます。
今日はそんな時期に聴きたい、ピアノ小品の傑作、メンデルスゾーンの「春の歌」をご紹介します。
ロマン派の時代に鍵盤楽器の決定版に
メンデルスゾーンはショパンやシューマンの1歳年上、ロマン派の作曲家でした。演奏家としても、指揮者としても優秀で、周りの音楽家から厚い信頼を得ていました。特にピアニストとして、共演や伴奏を頼まれることが大変多かったという記録がありますので、彼の演奏の腕前がわかります。
ロマン派の時代、は音楽において何より「ピアノの時代」でした。バロック時代に産声を上げたピアノは、そのあとの古典派の時代に様々な技術改良が進み、ロマン派の時期になって、まだ試行錯誤はあるものの、現代のピアノにも受け継がれている機構などを組み込んだことによって、鍵盤楽器の決定版とされるようになります。楽器として成熟してくると、量産されるようになり、ちょうどそのころ、各地で社会体制の変化が起こり勃興してきた新興ブルジョワ階級がこぞって購入するようになります。オーディオというものが存在しない時代、音楽を家庭で楽しむ、というのは楽器を購入して演奏する、ということと同義語であり、中でもたくさんの音を出せるピアノは人気になったのです。音楽を家庭で楽しむ、というのは、市民階級があこがれの王族・貴族階級の真似をする、という意味合いもありました。
オーディオセットを揃えたら、レコードやCDや、ダウンロードでソフトを買う――というのが現代ですが、楽器を買った場合は、買うものは「楽譜」です。
こうして、ロマン派の時代は、プロの音楽家による専門的演奏のための作品という従来のもの以外に、家庭で楽しめる、アマチュア向きのわかりやすく簡単な作品、というものが求められるようになったのです。
ピアノのための「無言歌」
メンデルスゾーンは、短い生涯の間に、演奏家や指揮者として活躍するだけでなく、たくさんの作品も作曲しましたが、中でもヒットしたのが、ピアノのための「無言歌」という作品たちです。メンデルスゾーンの生涯にわたって書き続けられ、6曲ずつにまとめられ、第1集から第8集まであり、全48曲の作品たちです。もともと、第1集は、同じく優秀な音楽家だった姉のファニーのために書かれたといわれており、その姉が、「歌のようにメロディアスな曲だが、器楽のソロの曲」ということで、「言葉の無い歌曲=無言歌」と名付けたといわれています。
このような、小曲で、親しみやすいメロディーを持ち、またプロでなくてもある程度弾ける難しくない作品たちは、アマチュア音楽愛好家たちに大好評で迎えられ、メンデルスゾーンの代表曲となったのです。
曲に表題があると、理解しやすく、さらに人気が出るものですが、実は、メンデルスゾーン自身が題名をつけたのは48曲中たった5曲しかありません。彼は、言葉によって曲のイメージが固定化されるのを嫌ったようです。文字通り「無言歌」にしたかったのかもしれません。
今日の曲、第5巻の第6曲「春の歌」も彼の命名ではありませんが、楽譜の冒頭に、演奏への指示として「春の歌のように」という指示があるので、通称で「春の歌」と呼ばれています。人々の、春への憧れをそのまま曲にしたような、エレガントなメロディと、それを支える可憐なアルペジオが心地よく、無言歌集の中でも最も有名な曲となり、ピアノ独奏だけでなく、独奏楽器とピアノ伴奏というような、さまざまな形の編曲でも親しまれています。
本田聖嗣