歴史を記録する努力に敬意
実名だけでも277人に上る証言は、同島の対岸にある現・呉共済病院忠海分院に昭和37年(1962年)から40年の長きにわたり勤務し、毒ガス傷病者の治療を続けた行武正刀(ゆくたけ・まさと)医師が直接患者から聞き取ったものである。
補償を求めての証言ではなく、医師と向き合う中で零れ落ちた言の葉が、丹念に拾い集められたものである。
その行武医師は既に他界されている。末期の病床にあって、カルテの片隅に書き留めた膨大な証言の整理に心血を注がれたという。これを助け、その後遺志を継がれたご息女・行武則子氏らの編集、そして数多の証言者・遺族への了承取り付けを経て、遂に本書は成った。どれほどの努力を要したか。
本書の史料としての価値は、古書店によって裏書きされている。いまだ新刊で購入できる本書が、中古価格では定価を上回っているからだ。増刷が見込まれぬ故の価格上昇なのか、まことに興味深い。
貴重な記録を取りまとめ後世に遺された行武医師のご冥福と、親孝行のご息女方のお幸せを心からお祈りしたい。
酔漢(経済官庁・Ⅰ種)