オリジナリティのある研究に挑戦したい者にとって必読の「研究体験記」
本書は、優れた研究報告であると同時に、研究体験記として、研究の着手から、研究成果の現地での報告まで、5年間の軌跡をつぶさにレポートしている。
通常、自分が手がけたい研究が過去にほとんど存在しない場合、その研究テーマは「取扱注意」だという。つまり、「先人が手をつけていないテーマは、やる意味がないか、とんでもなく難しいかのいずれか」なのだそうだ。
「(自殺が)発生したことの原因を突き止めることはできても、発生しなかったことの原因はわからないよ」
こんな消極的な助言にも負けず、著者は、海部町に飛び込み、地元の役場の保健師さん達の協力を得ながら現地調査に乗り出した。町内地図を広げていると、通りがかりの住民が「迷いよん(道に迷ったのか)」と声をかけてくれたり、調査に入った翌日に夕涼み中の住民から「いま、あんたのこと話しよったんじぇ」と言われ、情報の広まる早さに面食らったりと、リアルな体験が語られる。
著者自ら企画した住民アンケートの回収率を上げるため、調査員を対象に、調査の趣旨や回収の重要性を直接説明する場を設けたところ、著者の「回収率が低いともったいないと思うのです」との言葉に関係者が反応して、結局、90%もの回収率を得ることができた逸話も面白い。
机上作業の苦労もある。
一研究員の立場では到底認められないような、統計数理研究所に保管されている大規模データセット(約300万ものレコード数)の利用承諾を取り付けるまでのいきさつや、立川市の同研究所まで通ってデータ・クリーニング作業を続けた苦労の日々の話も興味深い。
また、自殺率と地理的環境の関係を調べるため、地図会社に連絡をとって協力を求めた著者の積極性に驚くとともに、その専門家の手を借りて、3300もの「旧」市町村ごとに可住地人口密度、可住地標高、可住地傾斜度といった世にない新しいデータを作り上げていく過程も見事だ。
本書は、論文作成を前にして頭を抱えている専門課程の学生にとって、きっと勇気と知恵を与えてくれる。