黎明期のピアノの可能性を開拓、難聴のハンデを克服
ベートーヴェンが、難聴の症状が出て悩み、それを乗り越えて新たなる創作の意欲を燃やしていた1804年ごろ、再びワルトシュタイン伯は、ベートーヴェンに贈り物をします。それは、エラールというフランスの製作者の手によるピアノでした。大きく改良されたピアノを手にしたベートーヴェンは、それまでのピアノでは不可能であった連打や、広い音域を活かした曲を書きあげ、ワルトシュタイン伯に献呈します。
それは、ピアノという楽器の黎明期に活躍したベートーヴェンの新しい楽器の性能を引き出してゆく試みであり、新しい音楽の可能性をピアノ音楽にもたらす曲でした。ベートーヴェン自身にとっても、この曲を書きあげた時期を境に、自らの難聴を人前で隠すことがなくなります。耳が聞こえなくても、内なる音楽を作曲し、その作品に絶対の自信を持ち始めたからであり、この時期の作品は「中期の傑作の森」と呼ばれています。
そして、通常「ワルトシュタイン・ソナタ」と呼ばれることの多いこの曲は、最終第3楽章のパッセージが、まばゆい太陽が朝上ってゆく様子にたとえられて、「オーロール(暁の)・ソナタ」とフランスやロシアで呼ばれています。難聴という音楽家にとって致命的な病気を乗り越えたベートーヴェンにとっても、ピアノ音楽にとってもこの曲は「暁」という名がふさわしいといえましょう。
初日の出などを拝み、一年の計画を立てることの多い今の時期に、ぜひ、聞いてみてください。希望とエネルギーがわいてきます。
本田聖嗣