■「美 『見えないものをみる』ということ」(福原義春著、PHP新書)
資生堂名誉会長である著者が、「美」の再発見を勧める気軽なエセー風の読み物である。
ただし、骨董趣味のような偏った本ではない。資生堂の経営哲学や著者自身の体験談も盛り込まれており、何よりも著者の豊富な知見がふんだんに散りばめられている。財界随一の読書家とされる著者らしい、教養あふれる内容だ。
「美」は贅沢か
コスメティック業界大手の名誉会長が「美」を勧める。それだけで「食うや食わずの庶民とは無縁の話だ」などといった情緒的な反発がありはしないか。本書を手に取ったとき評者はそんなことを気にしたが、著者はもちろん気にする素振りもない。
むしろ著者は「単に贅沢と思われがちな美は、人間が人間として生きていくために、どうしても必要なものであることをお伝えしたかった」という。
「人間が人間として」とは、要は「禽獣ではない人間たるものとして」ということだろう。著者は、本書で抽象的な美を語るのではなく、具体の生活文化に踏み込んだ話を展開する。
とすればその主張は、憲法第二十五条第一項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と符号する。
事はきらびやかな世界の在り方ではなく、日本人のライフスタイルにある。例えば四季を愛でる感性を「美」と呼ぶことは、少なくとも評者には違和感がない。著者の意見に賛同する所以である。