「ハレルヤ・コーラス」の聴衆総立ちを習慣にした英国王
しかし、めげないヘンデルは「オラトリオ」に舵を切るのです。オラトリオとは、舞台の演出装置や派手な衣装を使わない宗教的音楽劇というもので、多くは旧約聖書に題材をとったもので、教会で演奏されるというより、演奏会場で演奏される華やかな形式でした。ヘンデルは、一時期イタリアオペラと、英語によるオラトリオを並行して作曲し、その後、オラトリオに創作をしぼることになります。
「メサイア」は1742年、ヘンデルが、57歳の円熟期に作られたオラトリオです。「救世主」の題名の通り、イエス・キリストの生涯を題材とする英語による壮大な物語で、演奏には2時間以上かかりますが、誰でも知っている聖書の物語に、ヘンデルの素晴らしい独唱曲や合唱曲が組み合わさって、幅広い人気を獲得しました。有名な「ハレルヤ・コーラス」の合唱部分では、上演を聞いていた国王ジョージ2世(前記ジョージ1世の息子)が、感激のあまり立ち上がってしまい、国王が起立したためにほかのすべての聴衆も儀礼上立ち上がるということになり、現在でもこの部分では、聴衆が総立ちで聴くのが習慣となっています。機を見るに敏で、語学に堪能で、エネルギッシュに音楽を吸収し、一方で量産するヘンデルの、それは人生のクライマックスの輝かしい一場面だったといえます。ヘンデルは生涯で、オペラを40曲弱、オラトリオを22曲作り、実際は「オペラ作曲家」だったのですが、人生の後半で心血を注いだオラトリオ、特に「メサイア」があまりにも人々に愛されたため、オラトリオ作曲家として記憶されることになりました。彼のオペラは現在では全幕上演されることが非常に稀になっています。
クリスマスに良く歌われるキャロル「もろびとこぞりて」は、19世紀にアメリカの讃美歌作者ロジャー・メイスンが、この「メサイア」の合唱をもとに作曲したといわれています。ヘンデルの音楽の持つ華やかさが、受け継がれている曲といえるかもしれません。
本田聖嗣プロフィール