秋が深くなってきて、冬の寒さを思わせるような気温の日もちらほら出てくるようになりました。季節の変わり目は、まだ寒さに体が慣れていないうえに、揺り戻しで寒暖の差が激しくなったりして、風邪をひきやすくなります。どうぞ皆様もお気を付けください。
現代のわれわれは、インフルエンザにかかりにくくするために予防接種をしよう...というように誰でもワクチンの知識などを持っていますが、予防医学などが発達したのは、歴史の中ではごく最近の話です。近代以前の細菌学・衛生学が確立される以前は、驚くほどの人々が病気で命を落しました。
今日は、中世ヨーロッパを襲い、場所によっては人口を半分にしてしまった、といわれる恐ろしい伝染病、ペストの惨禍をモチーフとした恐ろしげな曲が登場です。フランスの作曲家、サン=サーンスの交響詩「死の舞踏」です。
「死という事実を前に人々は平等」のメッセージ
「死の舞踏」はオリジナルのフランス語で「ダンス・マカーブル」といいますが、これは、ヨーロッパに中世末期からつたわる一種の寓話のような物語です。黒死病と呼ばれて恐れられたペストなどが、衛生知識の乏しかった昔ではたびたび猛威を振るい、人口を激減させたという事実を下敷きに、死の恐怖を前に人々や死神が墓の周囲で踊り狂う、という図柄の版画や、文学作品が数多くつくられたのです。そこには「死という冷たい事実を前にしては、身分の別なく人々は平等である」という教訓的な意味もこめられていて、身分の違いが絶対的だった近代以前の人々にとっての、一種ガス抜きのような意味合い、ガイコツが踊るというブラックユーモア、これらのものが混然一体となった言い伝えだったのです。
フランス近代の作曲家、サン=サーンスは大変皮肉屋でした。「動物の謝肉祭」で作曲家をパロディーでからかったり、批評が辛辣すぎて友人から疎まれたり、と数多くのエピソードがある彼には、この「死の舞踏」は、格好の材料だったといえるのかもしれません。直接的にはアンリ・カザレという詩人の「死の舞踏」の詩にメロディーをつけ、38歳の時に、ピアノ伴奏の歌曲として完成させます。
骨が立てる音を木琴で
しかし、「真夜中を過ぎて、墓の上で死神と骸骨がカチャカチャ骨の音を立てて踊り狂う」というグロテスクかつにぎやかな描写は、歌曲ではおさまりがつかなかったのでしょうか、その2年後に、オーケストラの曲として編曲します。骨が立てる音を木琴で表したりという大変描写的な「交響詩」として完成し、人々に、広く知られるサン=サーンスの代表曲となったのです。死が一方のテーマなら、もう一方のモチーフは舞踏、つまりダンスですから、旋律は不気味ですが、全体としては、とても歯切れのよいリズミカルな交響詩になっています。
サン=サーンスよりは先輩だったフランツ=リストもこの曲にいたく感激し、彼も自分オリジナルの「死の舞踏」という曲を書いていたにもかかわらず、サン=サーンスの交響詩「死の舞踏」を、ピアノ・ソロに編曲し、こちらも、ヴィルトオーゾの曲として、世界のピアニストによって弾かれています。
本田聖嗣