現代に通底する課題と希望
「穀田屋十三郎」の魅力は、何よりも市井の人々が利他の精神を発揮して浄財を捻出し、これを決してひけらかさぬと誓ったことにある。だが藩との折衝も劣らぬ見せ場だ。藩高官の狡猾さが活写される。高官が最後に陽明学の思想に衝撃を受けるくだりは、著者のささやかな意趣返しであろう。
役人道に信義が求められることは聖徳太子の十七条憲法にもあるが、それは当時から信義に欠く者があったことの裏返しだ。現代でも、同じ公務員であることが恥ずかしくなるような不始末が報じられる。実に飛鳥時代から今に連なる課題と言わざるを得ない。
他方で、穀田屋らを救う代官・橋本の心意気も一つのモデルだ。相も変わらず役人批判がメディアを賑わすが、報道と関わりなく人々を黙々と支える立派な公務員も数多あることは、評者自身、四半世紀の公務員人生で現に目にしてきた。一般国民から厳正に選抜される以上、現代の公務員の大方は国民一般に存する誠実さを共有していることは強調しておきたい。