陽明学
三人中二人の評伝において、陽明学が大きな地位を占めることは興味深い。
「穀田屋十三郎」で挙げられる「冥加訓」は備前心学なる陽明学系の書というが、はるか離れた東北の一介の商家が、同書の行動規範を徹底して遵守し、貧民救済に乗り出したことは特筆に値する。「中根東里」では、学究の鬼ともいうべき中根が王陽明全書に衝撃を受け、自らの使命を悟り実践に移る経緯が丁寧に描写されている。
李登輝氏の「『武士道』解題」で、武士道の淵源として王陽明の「知行合一」が掲げられていたことを思い起こす。危険思想とされつつも王陽明の書は江戸時代に広く読まれたであろうと思ってはいたが、こうして人々の行動につながった具体例を改めて示されると、その及ぼす力の大きさに驚かされる。