リアリズムに徹する
著者は、蕉門の句集や文書を幅広く調べ、研究書の類も相当に渉猟している。そうした具体の調査で事実関係を丹念に示し、必要があれば推論を行う。これと並行して句を鑑賞するのだから本書は誠に忙しい。だが、そうした事実の積み重ねが芭蕉の真の姿を浮かび上がらせる。
「古池や蛙飛び込む水の音」の解釈に際しては、著者は蛙の図鑑を携えて池に出かける。「春の一日を清澄庭園ですごし、蛙が飛び込む音を聴こうとしたが成功しなかった」と文芸鑑賞にリアリズムを持ち込む。
芭蕉の弟子の離反や諍いを列挙し、芭蕉自身が綱吉の生類憐みの令に迎合していることを指摘するなどして芭蕉の興行師ぶりを示すところも、いわばリアリズムだろう。