ジャズスタンダード「サマータイム」...G・ガーシュウィンの本格オペラ「ポーギーとベス」のアリアが"進化"

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商業音楽の先端NYで育ち、兄アイラとブロードウェイに

   彼は、まだ十代の半ばから、ニューヨークの音楽出版社のあつまる「ティン・パン・アレー」とよばれた一角で、オーディオが未発達で、楽譜購入が音楽を買うという行為だった時代、楽譜店のピアノ弾きとしてアルバイトをしました。ヒットソングをその場でお客のために弾いて聞かせるわけです。そんなバイトつながりで、レヴューやミュージカルの稽古用伴奏ピアニストも引き受けたので、かれは若くして「商業音楽がどのように作られるか」を見ることが出来たのでした。もともと、旋律を作ることに天性の才能があったガーシュウィンは、次第に頭角を現し、作詞家として、兄のアイラ・ガーシュウィンと組んだりして、ブロードウェイに進出します。

   25歳の時、ジャズバンドの指揮者にしてプロデューサー、ポール・ホワイトマンに半ば無理やりの形で書かされたピアノ協奏曲、「ラプソディ・イン・ブルー」が大成功をおさめ、「アメリカのクラシック作曲家」としても、注目されるようになったガーシュウィンですが、作曲家としての活躍場所は、ミュージカルにあったのです。クラシック音楽の演奏会では、自作を指揮したり、ピアノを弾いたりをしましたが、作曲家として、曲を作ることに生きがいを見出していたガーシュウィンは、コンサートホールだけでなく、ミュージカル劇場で、大いに輝いていたのです。

本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソ ロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラ マ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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