コーカサス民謡もとに...難技巧の曲の象徴
バラキレフは、グリンカから正式に受け継いだ「ロシア音楽を興す役割」を忠実に果たそうとします。そのため、キュイ、ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフら「日曜作曲家」を次々に誘って、仲間を結成します。「ロシア五人組」と呼ばれることが多いグループですが、原語では「力強き仲間」と名付けられています。この名からも、ずいぶんと力が入っていることがうかがえます。
アンチ・アカデミズムも標榜していた五人組は、無料音楽学校を音楽院に対抗してペテルブルクに創設したりしますが、主な活動は、グループで集まっての勉強会・発表会、そして、批評会でした。キュイやボロディンのように本業のほうがはるかに忙しい、日曜作曲家たちがメンバーだったにもかかわらず、力強い結束の中から、それぞれが、現代でも愛聴されているロシア・クラシックを生み出してゆくことになりました。
ピアニストでもあったバラキレフの代表的ピアノ曲が、「イスラメイ」です。超絶技巧の曲として有名で、後のフランスのラヴェルなどは、この作品を超える難技巧の曲を書きたい、といったように、たびたび難易度が高い曲の象徴として語られることの多い曲ですが、内容は、主にコーカサス地方に伝わる民謡をもとにした、「アジア的ロシア」の雰囲気を湛えたエキゾチックな曲です。クラシック音楽後進国であった東欧やイベリア半島の国々が自国のクラシック音楽を確立するときに使ったのが現地の民族音楽であり、「イスラメイ」もその流れの中にあります。5人組の先導者であるバラキレフの作品は、他のメンバーにも当然影響を与え、ボロディンやリムスキー=コルサコフの作品の誕生につながった、といわれています。
本田聖嗣