仮想旅行気分が味わえる楽しい曲
初演は帰仏後の1924年になりますが、滞在中の1922年に彼が書いたのが交響組曲「寄港地」です。1楽章が「ローマ~パレルモ」(シチリア島の港町)、2楽章がいずれもチュニジアの街「チュニス~ネフタ」、3楽章「バレンシア」(スペインの港町)と楽章ごとに地中海沿岸の都市名がつけられており、音楽で、仮想旅行気分が味わえる楽しい曲となっています。戦時中ではありますが、パリ育ちのイベールにとって、陽光あふれる地中海は、大変魅力的だったようです。彼にとっては、初期の作品なので、当時パリで一番の作曲家とされていたラヴェルの影響がかなり感じられますが、大西洋沿岸バスク地方生まれのラヴェルの作品が、いつもどこかひなびた悲しい感じを匂わせるのに比べて、生粋のパリジャンであるイベールが地中海を描いたこの作品は、屈託がなく、まさにバカンスの地中海、といってもよいような、明るい雰囲気に包まれています。
イベールは、地中海に近い、ローマを大変に気に入っていたようで、ローマ大賞の受賞者として暮らした後、今度は、彼自身がフランス・アカデミーの館長に就任し、1937年にふたたびローマに着任します。ところが、今度はイタリアが、フランスに宣戦布告したため、1940年には離任せざるを得なくなります。しかし、第二次大戦後、1946年にふたたびアカデミー館長としてローマ入りし、その役職を1960年まで続けました。地中海を愛したパリジャンは、古代地中海に帝国を築いたローマで、数多くのフランスからやってくる「ローマ大賞受賞者」を迎える「寄港地」の役割を果たしていたのかもしれません。
本田聖嗣