最後の数小節にさりげなくフランスへの愛を込め...
20世紀に入ってから10年ほどたったころ、つまり今からちょうど100年ぐらい前、円熟期を迎えたドビュッシーは、ピアノのための「前奏曲集」を企画します。前奏曲を24曲作り、前奏曲集にするというアイデアは、古くは24の長調・短調すべてで前奏曲とフーガを書いたJ・S.・バッハのものですが、ロマン派のショパンなどもそれを意識した前奏曲集を書いています。ドビュッシーは12曲ずつ第1巻と第2巻に分けたため、両方合わせて24曲なのですが、第2巻の一番最後に置かれたのが「花火」という曲です。
この「花火」は、ドビュッシーの時代には、既に祝日として定着していた、7月14日の革命記念日の夜の花火なのです。現在も7月14日の晩に、パリで打ち上げられ、テレビで中継されたりします。ドビュッシーは、フランス最大の祝日の夜空に打ちあがる花火の模様を、大変技巧的なピアノのパッセージで表現しました。あたかも絵画か動画を見ているように「花火」を音で描いたドビュッシーは、本人は嫌っていたとのことですが、「印象派」と呼ばれるのに相応しい素晴らしい作曲家といえましょう。
そして、花火の華麗なる共演をたっぷり聴かせたあと、祭りの余韻の中で、最後の最後に、遠くから聴こえてくる人々の歌声が、右手によって小さな小さな音で弾かれます。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のクライマックスの一部分です。本当に一瞬だけ、一節だけなので、知らなければ聴き逃してしまうほどです。
彼は、前奏曲集の最後の曲の最後の数小節に、とてもフランス的に...つまり、大変さりげなく、祖国への愛を込めたのです。このセンスがフランス、という自負を持って。
本田聖嗣