最も硬派な作品の一つ
調が異なったり、テンポが異なったりしているので、この曲は、本来は4つのパート、つまり「楽章」に分けられるはずなのですが、シューベルトの指示では、全体を切れ目なく演奏することになっている点も、特殊です。そして、メロディーやリズムの展開の方法も、「ソナタ形式」に近く、実質4楽章の構成を持つ「ピアノ・ソナタ『さすらい人』」とシューベルトが名づけていたとしても、まったく不思議ではない曲なのです。
しかし、それらの「通常のスタイル」をシューベルトは選択しませんでした。あえて、ソナタではない、1つの大きな作品「幻想曲」として完成させることによって、シューベルトのピアノレパートリーの中で、最も硬派な作品の一つが出来上がったのです。困難に立ち向かう主人公がさすらいの旅に出る・・・ロマン派文学に登場する多くのパターンを彷彿とさせる、大いなる「幻想曲」だったのです。
ちなみに、この曲を素晴らしいと感じたのが、ロマン派の後輩にして名ピアニスト、フランツ・リストです。「さすらい人幻想曲」を、彼は協奏曲や連弾曲に編曲しましたし、彼自身の「ピアノ・ソナタ ロ短調」が、実質3楽章を持つにもかかわらず、切れ目なく演奏することになっている...のも、この曲の影響だといわれています。
本田聖嗣
毎週火曜日掲載