失恋のつらさを作曲への情熱に
そして、その失恋のつらさを作曲への情熱として、彼は、怪作「幻想交響曲」を創り上げるのです。一人の青年が失恋し、恋人を殺めて断頭台で処刑され、そのあとに魔女がパーティーを開くという、おどろおどろしいストーリを創り上げ、それに沿う形で交響曲を作曲し、各楽章にタイトルとして説明的な文章をつけます。初期の演奏会では、プログラムノートを必ず添付するようにとも指示しています。「幻想」というタイトルを交響曲につけて、「この物語はフィクションです。」と断ってはいるものの、自分の失恋をモデルとして、包み隠さず曲にしてしまったわけですから、彼の開き直りは相当なレベルです。
ただ、完成した交響曲は、単なる「誇大妄想的作品」では、ありませんでした。作曲技法を既にしっかりと身につけていた彼は、曲の中で、恋人の存在を表すメロディーを固定化して、「旋律で、特定の人物や物事を表す」という後世の作曲家にとっては当たり前の技法を最初にとりいれていますし、古典派時代の交響曲の編成から大幅に人数を増やしたオーケストラ用の作品とすることで、その後の巨大管弦楽への道筋もつけます。さらに、交響曲にタイトルをつけることによって、もう少し後に発明される「交響詩」というジャンルのお膳立ても無意識に行っていました。
一人の孤独な青年の暗い情熱から、次の時代を予感させるような、巨大な交響曲が出来上がったというわけです。そして、この曲はその派手さのおかげか、今でも大変な人気曲で、フランス人の作った交響曲として、もっとも多く演奏される作品の一つとなっています。
本田聖嗣