"歴史"の作品化だった「大序曲 1812年」
クラシックにおける欠かせない作曲家2人によって、似たような経緯で作曲され、曲の構成も似ていて、本人が最初「依頼によりしぶしぶ書いた」と考えていた、というところまでそっくりな2曲なのに、どうして、人気にこれほどの差が出てしまったのでしょうか?
一つは、ベートーヴェンの曲は、戦争のすぐあと時代にかかれているのに対し、チャイコフスキーの曲は、実際の戦闘より、約70年後の作品だということ。この連載でも取り上げた「トルコ行進曲」が、実際のトルコ侵攻から約1世紀後に書かれているということを考え合わせると、題材が歴史になってからのほうが、作品としては、成立しやすい、といえるのかもしれません。現在のことを描いて歴史と共に忘却されかけたベートーヴェンの作品に対し、ロシアの輝かしい歴史を、半世紀以上あとの時代に題材にしたチャイコフスキーの作品は、成立した時点で、歴史の荒波に耐える力を持っていたのかもしれません。
また、作られた時代も違います。ベートーヴェンは「古典派」と呼ばれる時代、チャイコフスキーは、「ロマン派」時代の人です。前者に対し、後者の時代は、オーケストラというクラシック音楽最大のアンサンブルが発展して大きくなっていました。
今日と同じく、迫力あるオーケストラサウンドを演奏会場で聴くことが出来るようになった19世紀後半に登場した「大序曲 1812年」は、最初から、人々が、曲の魅力に気づかされる迫力のサウンドで演奏されたのです。
長い歴史を持つクラシック音楽の中には、このように、人気の明暗を分けるようなエピソードを持った曲たちがあります。
本田聖嗣