福田赳夫氏のとんでもない言い間違い
同書の特徴は、周氏の卓越した記憶力による挿話の多さだ。たとえば、すでに首相を退いていた福田赳夫氏は、鄧小平氏が彼のために開いた宴会でこうあいさつしたそうだ。
「日中友好と『中華民国』のますますの繁栄のために乾杯!」
おそらく言い間違えたのだろう。周氏は自らの判断で「中華人民共和国」と中国語訳し、事なきを得た。通訳官には外交的センスも求められているのだ。
また、過去の中国国内の雰囲気を知ることもできる。1960年代のある時期、中国は海外から先進設備や原材料を輸入するため、自国民に外貨を節約するよう訴えていた。しかし周恩来首相はある日、自ら「外貨を浪費した」と自己批判する。
アフリカ訪問時、質の悪い国産ひげそりではなく、切れ味のいい英国産を買ってひげをそった。「便利と快適のために」貴重な外貨を浪費してしまった――。猛省する周首相に、その場にいた全員が感動したそうだ。
いまの中国人に聞いて、同じ反応があるだろうか。大躍進政策にまい進していた当時の雰囲気が察せられ、大国として振る舞う現在の中国しか知らない若い読者からすればどこかコミカルにも感じられることだろう。
同書は著者自ら「ささやかな回想」と振り返るが、300ページを超える力作だ。にもかかわらず、日本と香港でしか出版されていない。失脚した人物を含め、過去の指導者に関する記述が多いだけに、中国国内などではなんらかの検閲に引っかかったのかもしれない。
そこで外交部に1つ提案をしたい。この本には周氏の半生とともに、日中友好のために努力した外交部の活躍がちりばめられている。中国本土でも出版が実現するよう、当時に比べて影が薄くなったように感じる、外交部自ら後押しをしてはいかがだろうか。