パガニーニやバッハといった人たちの作品は、彼らの死後、オリジナルの形で、たくさんの演奏家にも演奏されましたが、旋律や曲の一部分を「本歌取り」のような形で、後の作曲家たちが利用して、数多くの新たなる作品を生み出しました。それだけ、今風に言えば、リスペクトされたわけです。現代では著作権という意識が経済的利益を確保するために強く、メロディーが似ているだけで盗作騒動が起きたりしますが、クラシック音楽の歴史を見渡すと、他者のメロディーを利用して曲を作る、というのは、ごく当たり前の行為でした。
今日の登場曲はビゼーのオペラ「カルメン」です。クラシック音楽における「ロマン派」の時代には、劇場が整備され、たくさんのオペラが生み出されましたが、同時に、そのオペラのメロディーを活かした「パラフレーズ」というような曲がたくさん作られました。ショパンやリストなども作っています。しかし、それらの作品は、今日では、作曲家オリジナルの作品に比べて、少し軽めのものとされてしまっています。もともと、宴会のようなところで、即興的に作られていたという背景もあり、一段低い評価にどうしてもなってしまうのですね。
しかし、そのような中でも、「カルメン」の人気は別格です。有名なところでは、ヴァイオリニストでもあったサラサーテの「カルメン変奏曲」、ピアニストのホロヴィッツが大変な技巧と共に編曲した「カルメン変奏曲」などがありますが、そのほかにも、ボルヌ、リーバーマン、シェチェドリン、etcetc、カルメンを「元ネタ」にしたクラシックの曲は、たくさんあります。それは、1にも2にも、この名作オペラは、名旋律の宝庫だからです。
「ハバネラ」は他人の作品の流用も、世界中でリスペクト
オペラの母国イタリアを差し置いて、フランスの若くして亡くなった作曲家ビゼーが作った「カルメン」は、おそらく歴史上もっとも数多く演奏されたオペラだといわれています。ストーリーは、同じフランスの作家メリメの作品からすると、かなり変えられているのですが、そのわかりやすくドラマチックな脚本も成功の一因です。しかし、何といっても、メロディーメーカー、ビゼーの手腕が冴えていたのが、世界中で最も愛されるオペラになりえた主因でしょう。その証拠に、多くの「カルメン変奏曲」がオペラの1つのアリアなどを下敷きにするのではなく、たくさんの旋律を活かしたものが多くなっています。つまり、後世の作曲家にとって、「どこも捨てがたい」素晴らしい作品だというわけです。
ただ、ビゼーも、1つだけうっかりしていました。カルメンの中で最も有名なアリアといえば、「ハバネラ」という、主人公カルメンが、ドン・ホセを誘惑する歌ですが、ビゼーは、このアリアに、カルメンの舞台スペインで古くから伝わる歌のメロディーを使った......はずだったのですが、実は、イラディエルという作曲家の作った、比較的新しい作品だったのです。これは、当時でも、問題になり、訴訟を起こされて、ビゼーは敗訴しています。
そのあと、世界中で、リスペクトされて、メロディーが繰り返し他の作曲家に利用されることになった名作オペラの名作アリアが、実は、他人の作品のメロディーを、一部分とはいえ、拝借していた――というのは、なんとも皮肉な話です。
いいものはみんなで広めてゆこう――という時代の大らかさが、数々の名曲を生み出してきたのも、また真実です。オリジナリティも大切ですが、伝統の長いクラシックに置いては、過去に敬意を払う、ということも、作曲・演奏を問わず、重要とされるのは、こういった歴史があるからなのですね。
本田聖嗣