明治中央政府の腐敗に嫌気さす
しかし、楫取素彦は長州へ戻ってしまう。権力を握った伊藤や山県など中央政府の腐敗に嫌気がさしたのだと書かれている。長州の仲間たちが説得して、「地方から国をつくるためなら」と赴任した先が群馬県の県令、今の知事だった。
群馬は生糸生産の中心地となる。世界遺産となった富岡製糸場はその象徴だが、群馬から横浜港を経て積み出される生糸は、日本の財政を支える太い柱だった。
吉田松陰には、失敗の連続男という厳しい評価もある。「テロリストだった」という書籍すら最近出版されたが、著者は倒幕にのめり込まず、松陰らの行動をクールに描き、明治政府が出来た後の中央政治、行政を冷徹に見ている。
この本が言いたいのは、長州は確かに新しい政府をつくった、しかし、その後の日本の基盤をつくったのは上州群馬の産業、経済人だったというところにある。著者は前橋高校の出身で、一線を退いて故郷に帰り、地域の資料を探し、整理分析して著書に盛り込んだ。日経新聞の記者だった著者の、「経済が国をつくる」という視点が底流にある。