クラシック音楽作品の中には、「月光」とか「運命」とか「英雄」といった愛称で親しまれている名曲も数多くありますが、音楽作品の形式をそのまま題名にしているものもたくさんあります。形式の名前には、ワルツ、ソナタ、マズルカといった、クラシック音楽がその時代や土地の流行を取り入れて創造してきた、曲の構成や拍の決まった舞曲などを表すものや、プレリュード、ファンタジー、バラード、のように、形式としての決まりごとはあまりなく、比較的自由なスタイルで書かれ、作曲家が内容を勘案して名づけるものなどがあります。
今日の1曲は、「シャコンヌ」と呼ばれる、本来は、舞曲の形式を表す題名で親しまれている、J・S・バッハの作品です。本来の題名は、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の中の「パルティータ第2番BWV. 1004」より「第5楽章 シャコンヌ」となります。無伴奏のヴァイオリンで演奏するたくさんの曲からなる作品の中の1曲なのです。
「よくぞここまで」と感嘆するほど華麗な変奏曲
「パルティータ 第2番 BWV,1004」は、「アルマンド」、「クーラント」、「サラバンド」、「ジグー」、「シャコンヌ」という5つの舞曲からできています。舞曲といっても、すでに踊られることはなく、バッハは、純粋な器楽作品としてこの作品を書いています。彼はこのほかにも、鍵盤楽器などに、たくさんの組曲を書いていますが、多くの組曲が、「ジグー」を最終楽章にしており、このパルティータに限って「シャコンヌ」をバッハが特別に付け加えた...つまり、それだけ入魂の作品だ、ということがうかがえます。
いにしえのスペインに源を持つといわれ「チャッコーナ」とイタリア語で呼ばれていた「シャコンヌ」(これはフランス語です)という舞曲は、冒頭に短い定型の旋律・和音が低音部にあらわれ、それがその後ひたすら繰り返され、それを伴奏として、上の部分に多種多様な旋律をのせて変奏曲を作ってゆく、という形式の曲です。他にもパッサカリアやオスティナートといった似た形式がクラシック音楽にはあるのですが、シャコンヌのほうが、より「変奏曲」に重きを置いていて、それだけ作曲家の腕の見せ所があります。
バッハの「シャコンヌ」も、冒頭わずか8小節で、テーマが提示され、その構造がその後30回繰り返される間に、巨大な構造物ともいうべき曲が展開します。無伴奏ヴァイオリンという、音域も同時発声できる音の数も、限られている楽器ただ1本で、「よくぞここまで」というぐらい、華麗なる変奏曲が作られています。