クラシック音楽最大の作曲家にして、世界で広く知られているドイツの作曲家といえば、ヨハン・セバスチャン・バッハです。その残した作品の偉大さゆえ、「音楽の父」という称号で呼ばれることもあります。
今日の1曲は、そんなバッハが再評価されることになった「マタイ受難曲」です。バッハの最も偉大な作品、としても知られます。
"本業"・教会音楽の最高・最大の作品 「マタイ受難曲」
音楽の父ことバッハは、生涯で数えきれないほどの作品を残しました。残念ながら、死後にかなりの楽譜が散逸しているため、今もって、彼の作品がどれだけあったか、全体像は把握できていません。日本では、学校の音楽で取り上げられることが多いからでしょうか、「G線上のアリア」などで知られる管弦楽組曲や、現代ではピアノで弾かれることの多い「インヴェンション」などの鍵盤楽器のための曲など、器楽だけの曲が相対的に知られていますが、バッハの本業はカンタータなどの、聖書に関する言葉が入った教会音楽を作曲することでした。彼が長年腰を落ち着けたライプツィヒでは、聖トーマス教会のために実にたくさんの教会音楽を生み出しています。
その中でも、最大・最高の曲といって差し支えないのが「マタイ受難曲」です。受難曲の名が示す通り、イエス・キリストの受難に沿って、物語が進行するスタイルの曲です。マタイ、はもちろん「マタイによる福音書」、つまり聖書をもとにしています。しかし、ただ単に聖書の物語に曲を作曲したものではなく、聖書の語句は福音史家役の歌手によって歌われ、それに、ピカンダーという当時カンタータの詩句を多く作詞した詩人の「自由詩句」と呼ばれるテキストに音楽をつけた部分と、コラールと呼ばれるルター派の教会で多く歌われていた合唱などがミックスされています。これは、疑似的に「聖書の朗読」「牧師の説教(聖書の解釈)」「信徒たちも含めての讃美歌斉唱」という教会の礼拝の形になぞらえたものといえます。昔の物語である聖書を、いま教会にいる自分たちの音楽として、身近に感じられるように工夫されているわけです。
1世紀後のメンデルスゾーンを突き動かす
ライプツィヒでは、1週間に1つのカンタータを仕上げる時期もあったバッハですから、教会音楽の作曲に関しては、熟練の域に達していました。その彼が書いた、2組の演奏者、2組の独唱者・合唱団を用意して演奏しなければならず、全体が2部に分けられてトータルが3時間以上もかかるこの受難曲は、彼自身が相当に力を入れて作曲したことがうかがえます。疑いなく、バッハの頂点の作品の一つ、といっていいでしょう。
この作品を、先週登場したメンデルスゾーンが「初演100年後の復活上演」と銘打って、1829年にベルリンで演奏したのが、それまで、単なるバロック時代の作曲家のひとりとされていて、小品を除いて作品が忘れ去られていたバッハの再評価をもたらしました。ただ、実際には、マタイ受難曲は、1727年には上演されていたようで、「初演100年目」のタイトルは正確ではなかったようです。
「マタイ受難曲」は、イエス・キリストの受難を描くのみで、物語はイエスの埋葬場面で終わります。しかし、この曲に込めたバッハの宗教的・音楽的な熱い思いは、ほぼ1世紀後の音楽家メンデルスゾーンを突き動かし、結果的に、バッハ自身の「復活」をもたらしたことになります。
そして、それは、同時に「少し古い時代の音楽を積極的に聴く音楽ジャンル」、つまり「クラシック音楽」が誕生したいうことでもあるのです。
やはり、J・S・バッハは「音楽の父」と呼ばれるのがふさわしいわけですね。
本田聖嗣