宮廷楽長として仕えたハノーファーの領主が英国王に即位
国境を越えて活躍する、というのは、芸術家や技術者にとって、ままあることでしたが、同じくその雇い主たる王族や、教会も、国境を超えることが多くありました。特に、王侯貴族は縁組で国の命運を左右しますから、国境を越えての結婚・相続は、一大事でした。
ヘンデルが迎えられた、ハノーファーの宮廷の領主は、選帝侯ゲオルグ・ルートヴィヒという人でした。ドイツの1領邦主であった彼は、アン女王のあと、後継ぎがなかったイギリス王室を継ぐことになり、イギリス王ジョージ1世として、即位してしまうのです。現王室にもつながるハノーファー朝の始まりでした。実際にこの王様は英語もあまり得意でなく、あまりイギリスにやってくることはなかったそうですが、ハノーファー宮廷の帰国命令を無視して、ロンドンで活躍していたヘンデルにとっては、ちょっと困った事態になりました。
王が即位した翌年、ヘンデルは、王の川遊びのために「水上の音楽」という管弦楽組曲を作曲しました。その作品の出来が大変良かったために、王の機嫌が直り、以後関係が良くなった...という、文字通り「過去は水に流して」という逸話が伝わっています。
しかし、これは良くできた作り話といわれています。ヘンデルの作曲家、指揮者、鍵盤楽器奏者としての能力は傑出していたといわれていますから、ジョージ1世ことゲオルクも、もうひとりの「ジョージ」の国際的活躍をむしろ、歓迎していて、ロンドンでまた再会できたことを喜んでいたのではないでしょうか?
本田聖嗣