川を源流から大河になるまで音で描写
しかし、状況は変わります。すべては、タイミングだったのかもしれません。中年以降、スメタナは、チェコ語を猛然と学び出し、チェコの独立に一層、情熱をかたむけました。さらに、同時期に病気により、聴覚を失うという悲しい事態にもなりました。周囲の状況も、本人の健康もすぐれない中、かれは、かつて温めていた「チェコを代表する川を源流から、プラハ市内を流れるまで、音楽で描く」という構想を楽譜にしたためて、連作交響詩「わが祖国」の2曲目としたのです。
大変な情熱をもって書かれた「わが祖国」は、素晴らしい曲が多く、今でもプラハを代表する音楽祭、「プラハの春音楽祭」――これも、冷戦時代、ソ連によるチェコ弾圧の歴史にちなむ名称ですが――のオープニングでは、全6曲が通して演奏されます。
その中でも、だれにも愛される有名な旋律と、「川を源流から大河になるまで音で描写する」という優れた発想によって、第2曲の「モルダウ」こと「ヴルタヴァ」は、世界で愛される名曲となったのです。スメタナの情熱のなせる業でしょうか、「ヴルタヴァ」は、聴くだけで、チェコの風景と、苦難の歴史を感じさせてくれます。
本田聖嗣