「聞き書き」ができる介護現場の条件
介護現場が「驚き」に満ちた「ワンダーランド」であり続けるならば、離職率の高さに悩み、人手不足が続くといった事態は起こらないであろう。しかし、現実は違う。著者は、自らがスタッフの不足する現場に配置転換された時に「驚かなくなった」体験を語る。
「利用者の話を聞きながらも、リビングにいる利用者が突然立ち上がって歩き出し、転倒してしまわないかと心配し、なんとかこの話を切り上げて、利用者を連れてリビングに戻らないといけないなどと思っている」
「そうした私の頭の中を、たぶん相手は敏感に察している。私の視線がリビングのほうを追った瞬間に、(相手は)『ごめんごめん、あんた忙しいのに...』と謝ったりする」
「私は驚けなくなってから、一方で、介護の技術的な達成感の喜び(オムツ交換を素早く、きれいに行うなど)は強く感じるようになっていった」
「そこで感じる介護の喜びは、これまで利用者との関係のなかで感じられるものとは明らかに異なる。利用者と接しているのに、そこには利用者の存在が希薄となっている。ただ自分の技術に酔っているだけなのだ」
「驚きのままに聞き書きを進めていたときに、目の前に利用者の背負ってきた歴史が立体的に浮かび上がってきて、利用者の人としての存在がとてつもなく大きく感じられたのが嘘のようだった。なんだか私は自分が恐ろしくなった」
幸いにして、著者はこの後、職員の充実に伴って、再び「聞き書き」の世界に戻ることができたが、著者の体験が示すように、人手の多寡が介護スタッフの意識に与える影響は大きい。
本書は、「聞き書き」を契機として、介護現場が利用者には自信を回復する場となり、介護スタッフには驚きと発見を通じて意欲が高まり得ることを明らかにしている。
「(効率的に)現場の業務を遂行することと、知りたいという知的好奇心に素直になることとのバランスをとるのは実に難しいことだ。しかし、知的好奇心とわかりたいという欲求、そしてわかったときの驚き、それが利用者と対等に、そして尊敬をもって向き合う始まりになる」
やはり介護現場は、驚きあふれる「ワンダーランド」であってほしいと思う。
厚生労働省(課長級)JOJO