「聞き書き」は、介護される者にも、介護する者にもプラスとなる
高齢者の話を聞くといってもアプローチは一つではない。介護の領域では、聴いている姿勢を示し、相手を安心させたり、勇気づけたりすることで、語られる言葉が示す内容よりも、「言葉のなかに隠された利用者の気持ち、思い、心の動き」を「察する」ことを重視する。他方、筆者が立脚する民俗学では、「言葉の裏にある見えない『気持ち』を『察する』のではなく、相手の言葉そのものを聞き逃さずに、書きとめることに徹する」という。
著者は、高齢者から、ねばり強く、長時間をかけて「聞き書き」を行い、それぞれの「思い出の記」を編む。それは本人にとって生きた証となり、家族にとっては、未だ語られることのなかった(祖)父母の記憶や経験を知り、継承することとなる。
この作業は、聞き書きを受ける高齢者にとってもプラスの経験となる。
「介護現場での聞き書きは、心身機能が低下し常に死を身近に感じている利用者にとって、一時的ではあるが、弱っていく自分を忘れられて職員との関係が逆転する、そんな関係の場なのである」
「そこでは利用者は、聞き手に知らない世界を教えてくれる師となる」
著者によれば、老いや病による絶望感、喪失感を抱えている利用者が、昔語りをしているときには、喜びを感じてくれているという。
そして、「聞き書き」は、介護スタッフにとっても有益だと語る。
「私は、利用者への聞き書きにいつも『驚き』を感じる。話の展開のなかでこれまで聞いたことがないような職業の経験者であることがわかったり、こちらが予想もしなかった人生を背負って生きてこられた方であることを知ったり、あるいは、利用者がふと見せる行動にその方の生活史ばかりでなく時代が見えてきたりする。そんなとき、私はたまらなく心が躍るのである」
そして、「利用者の人生の厚みを知ることが、利用者に敬意をもって関わることにつながる」というのだ。