政治の意向と行政
本書を企画した新潮社の計らいも一興だ。後藤新平の孫にあたる鶴見俊輔が解説を書いているからである。鶴見は言う。「息子さんである星新一氏のあらわした星一氏の伝記物語『人民は弱し 官吏は強し』を読むと、あきらかに星一氏は、兄貴分をまちがってえらんだのだ。そのために、加藤高明のひきいる官僚閥と財閥にさんざんにいためつけられたことは、この本に書かれているとおりである」。この事件の背後に政治の意向があったことを、これまた当事者の後裔が端的に裏書きするユニークな解説である。
政治の影響はかくも大きいが、政策と法の執行は区別して考えねばならない。政策における政治主導は一つの正義であるが、法の執行では、政治の影響抜きでの厳正さこそが正義である。本書のテーマであるモルヒネの扱いは、国際統制物資であることもあって、政策そのものが一社の命運に密接に絡み合う不幸があった。とはいえ描き出される内容は、もし事実とすれば、いずれも政策と言うに満たない法執行権の濫用であり、特に警察・検察が行ったことは目に余る横暴と言わざるを得ない。
政策の局面では、現代でも、既存業界と新興勢力のせめぎ合いが政治を恃みにした力比べに至る場合があろう。政治を経由せずとも、既存の業界団体が事実上行政の代替機能を担うが故に、行政がその意向を無視できない場合もあろう。しかし法の執行において、行政が政治や業界の意向に左右されることがあってはならないはずである。