SF短編名手の「ノンフィクション」 実業家の父襲った政官巻き込む陰謀

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「人民は弱し 官吏は強し」(星新一著、新潮文庫)

   SF短編小説の名手である星新一に、少数ながら「ノンフィクション」と称される作品がある。いずれも星新一の父祖に関わりがある作品だ。本書はその一つであり、新一の父である星一(ほしはじめ)の受難を小説化したものである。

  • 人民は弱し 官吏は強し
    人民は弱し 官吏は強し
  • 人民は弱し 官吏は強し

どこまでが事実でどこからがフィクションか

   米国で苦学し明治三十八年に帰国した星一は、製薬会社を興す。米国流合理主義に基づく経営と、大胆なリスクテイクによるモルヒネ精製の成功などで急成長する会社は、既存の製薬会社には目障りな存在となった。そんなとき、星の支援者・後藤新平を政敵とする加藤高明が権力を握る。ここから星の苦闘が始まる。

   本書のストーリー上、星は常に天衣無縫の善意のひと、その妨害を画策する業界は政治・官憲・新聞社を動員し一団となって星に迫りくる役回りとなっている。むろん一方の当事者の子息による執筆であるから、客観性に徹した記述を期待してはならない。例えば星の選挙運動のくだりは、星の合理主義と誠実さ故の蹉跌かのように描き出されるが、調べると星一は本書が描く時代の前に1回、後に2回、衆議院議員選挙に当選している。本書が言及しなかったのみと言えばそれまでだが、どこまでが事実でどこからがフィクションか、違和感は残る。SFの名手だから虚実ないまぜか、と穿った見方をしようとして、しかし詳細な説明の故に「やはり事実か」と思い直すこと再三の、真相を掴みにくい小説である。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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