日本はよくも悪くもアメリカの文化に多大に影響されている、というのがヨーロッパに暮らしていた時に感じた感想です。日本からは「欧米」といって、欧州と米国をひとくくりにまとめて表現することも頻繁にありますが、政治・宗教・文化・言語・風習、そして街の風景も、ヨーロッパとアメリカでは、大きく違います。そして、欧州のほうがアメリカよりも、日本に近いと思うこともしばしば...。つまり日本の「欧米風」という概念は、実は多分に「アメリカ風」なのではないか、と感じることも少なくありません。
クリスマスもある意味、その典型でしょう。赤白衣装のサンタクロースが、大きなプレゼントを抱えてあらわれ、ディナーの食卓には、七面鳥ならぬアメリカ・ケンタッキー州発祥のフライドチキンがケーキとともに並んでいる...という構図は、それを象徴しています。もっともチキンは、日本の独自解釈で、欧米人には、「なぜファーストフードが!」とよく驚かれます。
そんな、アメリカ型クリスマス、の日本でも、よく耳にする曲が、今日の曲、ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」です。
ルロイ・アンダーソン「そりすべり」
この曲の出だしの軽快な響きを聴いただけで、クリスマス気分が盛り上がります。オーケストラの中のブラスアンサンブル...金管の合奏が、華やかなクリスマスの風景にぴったりです。金管の活躍するオーケストラ作品は、アメリカのライト・クラシックと呼ばれる分野に多く、アメリカが発祥の遊園地などでも多く流れています。
作曲家ルロイ・アンダーソンは、ユーモアあふれ、華やかな、数々の名曲をつくりました。「ジャズ・ピッチカート」「トランペット吹きの子守歌」「トランペット吹きの休日」「踊る子猫」「シンコペイテッド・クロック」...現在も親しまれている名曲の数々を多くの方がご存知でしょう。
両親はスウェーデン生まれの移民
1908年、マサチューセッツ州に生まれたアンダーソンは、名門ハーヴァード大学で音楽を学びますが、同時に言語学も研究し、ゲルマン、北欧諸語の専門家でもありました。彼の両親はスウェーデン生まれの移民で、特に、お母さんは、教会のオルガニストをつとめていましたから、この2つを極めたのは、血筋なのかもしれません。
一時、言語学の教師になることも考えていたようですが、30歳を過ぎて、母校ハーヴァードの学生バンドの指揮者を務めていたときに、学生歌などを、ボストン・ポップス・オーケストラのために編曲することになり、その指揮者であったアーサー・フィードラーに認められて、自作を書くようになります。それらの作品が大変な成功を収めたため、アンダーソンは、一躍人気作曲家になりました。
器楽版・歌謡版とも大ヒット
第2次大戦中は、北欧言語に通じたインテリジェンスの専門家として、軍で活躍したため、陸軍に高位の将校として残るよう引き止められたりもしましたが、戦争終結とともに作曲家の道を選びます。
いまや、全世界でクリスマスシーズンに最も演奏されることの多い管弦楽曲、といわれている「そりすべり」は、戦後すぐに着想されています。作品が出来上がったのは1948年、そして、後に歌詞がつけられて、器楽版・歌謡版とも大ヒットを記録します。
ところで、この曲は、先週のヘンデルの「メサイア」と同じように、もともとクリスマスシーズンの曲として考えられていません。それどころか、アンダーソンが、この曲の構想を練っていたのは、「近代史の中の最も悲惨だった7つの猛暑」にも数えられている、1946年のコネチカット州でした。酷暑の中でも、北欧の魂をもったアンダーソンは、クリスマスを思い起こさせる名曲を作り上げたのです。
本田聖嗣