「なぜローカル経済から日本は甦るのか」(冨山和彦著、PHP新書)
「地方創生」が安倍政権の重要政策と位置付けられる中、経営コンサルタント・企業再生の専門家として知られる筆者は、政府の「まち・ひと・しごと創生会議」の有識者メンバーの一人に名を連ねている。このため本書は、本年6月の発行以降、政治家や霞が関官僚、企業・メディア・シンクタンク関係者など、多くの方に読まれたものと推測される。
評者は、現在専ら国際関係業務を担当しており、霞が関の中でも最も「地方創生」から遠い部門に就いている。このため、地方創生に係る政策には直接従事していないが、重要政策として議論されている「地方創生」について、社会常識の一つとしてある程度は認知しておかねばなるまいと思って本書を手に取った次第である。
Lの世界に焦点を当てることが必要
本書における筆者の主張は明確であり、概略以下のとおりである。
・我が国は構造的な人手不足が始まっており、特に地方部においては先行的にその傾向が顕著に表れている。
・従来、経済政策は、「Gの世界」(製造業、大企業が中心。モノ・情報等を主に提供し、グローバル経済圏での完全競争に晒される分野)を中心に検討・展開されてきたが、実は「Lの世界」(非製造業、中堅・中小企業が中心。地域に密着したサービスを提供する分野)が我が国経済・雇用の6~7割を占めている。両者は明確に区別すべきであり、今後の政策を考える上で、Lの世界に焦点を当てることが必要。
・完全な競争原理が働かないLの世界の経済を再生するためには、生産性の低い企業の穏やかな退出を促し、より生産性の高い企業への集約に繋げるような政策が重要。具体的には、参入規制等の「主体規制」の緩和、「行為規制」の強化(労働規制強化・最低賃金の引き上げ等)、地方金融機関のデットガバナンスの見直し(資産よりも収益の将来性等に着目した金融検査)、倒産法制の見直し等による「スマート・レギュレーション」が有効。
(紙面の都合上、「Gの世界」に係る提言については割愛した)
一般的な人々が素直に共感できる姿勢
筆者は、企業再生等を手掛ける中で感じてきた「違和感」を元に、霞が関官僚との会話を通じて閃いた方向性を元に論理を展開しており、様々な客観的データを用いてそれを論証している。産業別・企業規模別の企業等数・従業員数、世界・国内における小売業界シェアといったデータは極めて説得的である。
また、コンサルタント・企業再生専門家と聞くと、スプレッドシートで作った数字を最重要視する人種という印象を持つが、筆者は、「企業倒産時に個人の自己破産まで求めるのは酷」だとか、「Lの世界の人々にとっては、経済的な打算だけではなく、地域やそこに住む人々への愛情や使命感・誇りが必要」など、一般的な人々が素直に共感できる姿勢で本論を綴っている。政策の実現に当たっては、理屈・論理もさることながら「共感」は極めて重要な要素であり、こうした視点に立つ筆者の論旨は、非常に納得がしやすい。
さらに、具体的に講ずべき政策手段に関して、既に関係省庁が着手している取組みを紹介し、それを後押しするような記述をしている。こうした「政策提言本」においては、霞が関の政策を否定することだけに力点を置いたものが少なからず見受けられるが、こうした手法は決して生産的ではない。筆者は、おそらくこれまで手掛けてきた企業再生と同様に、政策当局者の心理に訴え、やる気を引きそうとしていると思われ、(評者は、本書で提言する各種政策の実現性について、全く知見を有していないが、)霞が関がうまく乗って、長期的な地方創生・日本経済の再生に向けた道筋をつけることを期待したい。
経済官庁(国際担当)