公的・私的両面からの昭和史
本書の書き出しは平成3年ペルシャ湾への掃海艇派遣に始まる。指揮官を務めた落合畯(おちあい・たおさ)海将補(当時)が大田中将の三男だからである。乗組員の家族への配慮を尽くす指揮官のエピソードは、人命を尊重した大田中将の人柄ひいては電文への伏線となり、読者は激動の時代を生きた大田中将一家の物語に引き込まれていく。
第二章以下では、大田中将の御息女・御子息の証言いわば中将の私生活を縦糸、陸戦の大家・海軍随一の剣道の名手とされた中将の戦いぶりを横糸に、戦前そして戦後の「昭和」が描き出される。
中将はながく男児を得ず女児が続いた故、証言に女性の視点が多い。これが本書に独特の色彩を添える。日常生活における父親の些細な表情の変化や、訪れる後輩たちの雰囲気から読み取る時代の空気は、女性でなければ捉え得なかった昭和史の貴重な一面ではなかろうか。沖縄赴任が決まったときの父母の顔色を証言する当時の子どもたちの語り口などは、淡々として却って痛々しい。戦争に関する書籍は女性には取っ付きにくいものと想像するが、本書は女性も共感できる部分が多かろう。
他方でジャーナリストである著者のプロフェッショナリズムは、防衛庁(当時)が公刊した戦史の矛盾をも鋭く突く綿密な取材に結実する。中将の遺徳を偲ぶ本書の性格からして幾分かの主観的な主張もなくはないが、丁寧な検証内容は、思い込みや誘導的思惑による歴史の歪曲はないと信じさせる安定感につながっている。