秋になってくると、恋しくなるのが温かい飲み物や食べ物です。あれほど暑かった夏には、冷たい飲み物や食べ物を探して、温かいものなど見向きもしなかったのに、屋外で肌寒さを感じるようになると、室内において、暖房よりも、まず、温かいものを飲んだり食べたりしたくなります。
そもそも、盛夏でもあまり温度が上昇せず、湿度も高くない欧州の北部地域では、冷たい飲み物にそれほど情熱をかけません。日本ではどこにでもある「アイスコーヒー」が、パリでは存在しないのです。正確に言うと、「カフェ・グラッセ」(凍らせたコーヒー)というアイスコーヒーのようなもの、を置いているカフェはあることにはありますが、全ての店舗、というわけではないのです。アイスコーヒーという飲料の存在が、国民的コンセンサスを得ていない、といってもいいでしょう。冷たい飲み物は、アメリカからやってきた炭酸飲料や、日本に上陸したばかりの、オレンジ風味炭酸飲料、などに任されています。コーヒーも、紅茶も、温かいのが当たり前、それがヨーロッパです。
「コーヒー・カンタータ」
アイスコーヒーがメジャーでなくても、ヨーロッパはやはりコーヒーの本場です。遠くアラビア・アフリカの地から、おそらくトルコ軍や商人達によってもたらされたコーヒーは、いまでもヨーロッパ大陸の非アルコール飲料の王者です。昔から、人々はコーヒーを愛好してきました。イギリスだけは紅茶に取って代わられましたが...。
そんな、コーヒーを題材とした、クラシック音楽があるのをご存じでしょうか? 作曲したのは、かの「音楽の父」こと、J・S・バッハ。彼は、教会の日曜礼拝のための「カンタータ」と呼ばれる宗教音楽を書くのが大きな仕事だったのですが、彼の「世俗カンタータ」と呼ばれる作品の中に、「コーヒー・カンタータ」と呼ばれる作品があります。実質「音楽附きのお芝居」に近いこの作品は、娘が1日3杯以上飲まないと気が済まない、というコーヒー好きで、困り果てたその父親が、コーヒーをやめさせたくて、結婚相手を探す、というユーモラスな内容です。娘はちゃっかり、コーヒー好きの相手と結婚しよう...と画策する、というオチまでついています。
背景には、この作品を演奏する演奏団体の発表場所が、教会やコンサートホールではなく、コーヒーハウスだった、ということがあります。おそらくバッハもそのあたりを意識したはずですが、でも、彼自身が、コーヒー愛好家でなかったら、こんな楽しいカンタータを作らなかったはずです。涼しくなって来た秋に、こんな音楽を聴きながら、ホットコーヒーを、ほっとしながら飲むのはいかがでしょうか?