「課題設定の思考力」(横山禎徳編、東京大学出版会)
2008年、東京大学が「エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP)」を開講した。東大の知的資産を用いて「マネジメントの知識や幅広い教養を駆使して人類の蓄積を自在に使いこなす高い総合能力を備えた人材を育成」(本書)するというプログラムだ。「開講以来、大企業だけでなく、中小・ベンチャー企業、そして行政機関、プロフェッショナル・ファーム等から受講生の参加を得」(同)ているという。
本書ではその一端を垣間見せるべく、同プログラムの講師を務める東大の学究6人にインタビューを行い、そこから得られる知見を、プログラムの仕掛け人かつ本書の編者である横山禎徳氏が解説する。理系文系を問わず様々な研究内容が概説されており、統一感に欠くうらみはあるものの、プログラムの独自性を感じさせる。本書がビジネスマン向けとされながら、いわゆるビジネス書と一線を画すと評者が感じる所以である。
「新たな教養」を求める
編者は、東大工学部建築学科を卒業後、米ハーバードで修士を得、同マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で経営学修士(MBA)も取得。建築デザイン実務に従事後、マッキンゼーに入社、東京支社長を経て退職という、当該世代の日本人としては異色の経歴を持つ。本書で展開される持論も個性的である。
即ち編者は、世界で活躍しうる全人格的能力のある人物を育成する方法は「伝統的な『教養』の定義を超えた、強靭な『知』と『思考』の最前線を知ること」だとする。研究の最先端の議論を見聞することで、未解明の新たな知に迫る思考方法を学ぶ、ということらしい。さらに編者は、学問が相互にオーバーラップして複雑化していく世界を指摘し、縦割りを超えて事態を正確に捉える新たな能力である「課題設定型リーダーシップ」が必要と説く。これらが本書タイトルの命名理由だろう。
医学や法学など実学の前提となる知識等としての教養が、中世以来の伝統的教養(リベラル・アーツ)とすれば、新たな教養は知識や論理体系に止まらない、姿勢や方法論を加味したものである、との主張であろうか。
本文では、現代はサイエンスなき教養などあり得ないとの主張も出てくる。科学技術が進展した現代、正確な判断に科学的素養が必須であることは、似非科学や非科学的デマが横行していることを思えば腑に落ちる。こちらは当然の指摘であろう。