これからの職業的エートスに思いをいたすために...
服部曰く「明治の政治という碁盤のうえで、原敬が名人位を占めているという評価は、本書上下で私が与えんとしたものである。「原敬日記」というぼう大な棋譜が途中で出なかったとしたら、私はこの下巻にかつて考えた如く、かれの死までを過不及なく盛ることができたかもしれない。(日記が公刊されたのだから―筆者注)そこで、あとは棋譜について、読者おのおの調べてみてくださらんことを」。まさに然り。「原敬日記」は、日本の政治家が残した日記中でも白眉である。原敬が職業としての政治に最も自覚的な政治家の一人であったのは間違いない。蓄財もせず生命の危うきを顧みず、週末には腰越のささやかな別荘で孜々として日記を書き継ぐ彼の職業的倫理観は、明治期のエリートの一類型として、武士的エートスと若き日に入信したキリスト教の混交によってもたらされたものか。吉野作造は、あまりに現実主義的な政治遊泳術に長けていることから、その力量は評価しつつも政治家としての原には厳しかったが、原が凶変に倒れた後、彼の寝室に飾られていた聖母像について前田蓮山に問い合わせたという。
ともあれ、大部の原敬日記に取り組むことは多忙を極める今日なかなか難しいことだが、この昭和期のマルクス主義者によるビスマルク的大地主宰相もしくは「南部の鼻曲がり」をめぐる政治史のよみものを読むことは、我らの時代の出発点を見極め、これからの職業的エートスについて思いをいたすためにも幾分か裨益することになるだろう。
孤舟記