「頭上の異界」(杉本研士著、講談社)
異例の本ではないか。非行の矯正関係者が事案を語ることは少ない。プライバシーや被害者感情を慮れば当然だろう。まして社会のあり方を述べるのは稀有と思うが、本書はそこに踏み込んだ。著者は、関東医療少年院の院長を務めるなど永く矯正に携わった元医官である。言わずに居られない何かがあったに違いあるまい。
「不信の時代」が抱える歪みと格闘
戦後から現代に至る非行の傾向から説き起こし、プライバシー配慮で内容を改変した15事例を体系化して紹介する本書は、精神障害の様々な態様を分析、著者が編み出した処方を提示する。それだけでも一読に値するが、著者は更に現代を「不信の時代」とし、主観にわたることを恐れずその歪みを大胆に切り出す。「理解しがたい」とされる唐突あるいは残虐な非行を真に理解する鍵だからである。
医療少年院は「社会適応のさまたげとなる疾病の治療等が矯正教育の重要な領域として位置付けられたことから…医療と教育を並行して行う専門施設として設立」(著者)されている。精神疾患の増加にも関わらず、治療中も第三者の監視を要する矛盾した環境で、著者は医療と教育は同じ方向を目指すとの信念のもと奮闘してきた。関与した数千人のうち50人ほどが殺人及びその周辺事案という。
エピソードは壮絶である。ふとん針を繰り返し飲み込む少年。深刻な虐待を受け続け遂に実父を殺害した少女。それでも行間の雰囲気は陰惨ではない。医官の冷静な観察眼での描写だけならば冷たい印象になりかねないが、どこかぬくもりがある。「人との関係のなかで歪んだ部分は、人とのかかわりのうちで癒えるはずである」と信じる著者が、常に少年の立ち直りを前提として書く故であろう。