霞ヶ関官僚が読む本
伝聞に依拠する危うさ示す 歴史を歪めた報道に挑戦したドキュメンタリー小説

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「鼠 鈴木商店焼打ち事件」(城山三郎著、文春文庫)

   城山三郎、30代の傑作である。戦前の新興総合商社である鈴木商店について、名番頭と名高い金子直吉を主人公に据え、歴史における「真実」とは何かを問うた書と言える。

歴史は「正しい」のか

「鼠 鈴木商店焼打ち事件」
「鼠 鈴木商店焼打ち事件」

   米価が高騰する中、米を買い占めたとして焼き打ちに遭い、その後、金融恐慌で資金繰りがつかなくなり倒産したとされる鈴木商店。悪どい守銭奴のイメージと裏腹に、その番頭であった金子直吉を直接に知る人は、揃ってその人柄を褒め称える。著者はそこに違和感を見出し、綿密な調査を開始する。

   本書は、そこで歴史として知られている事実と、調査によって得られた事実との乖離を淡々と描き出す。執筆の動機らしきものとして、著者は「不遜な歴史。歴史は、無数の違和感を歯牙にもかけず歩み去る。やがて、わたしたちはその違和感ごとアブクのように消え、歴史はより誇らしげに歩を進める-それが気に入らない」という。そして、少年兵となり戦後価値観の逆転を経験した自身の来歴と併せ、歴史に一矢報いる覚悟を語る。

   その筆致の迫力と、事実を丹念に追いつつ、主観を排した記述とのギャップが印象深い。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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