富士山をめぐる本が2冊。『FUJISAN 世界遺産への道』(近藤誠一著、毎日新聞社)を読むと、登録を逆転劇で勝ち取った外交の舞台裏がわかる。しかし、『世界遺産にされて富士山は泣いている』(野口健著、PHP新書)にあふれるのは、どっと押し寄せる観光客を前に「これでよかったのか」と考え込む自然保護派の登山家からの深刻な問題提起だ。
実は2013年の登録に登山者の受け入れ能力の研究や山麓をふくむ開発規制などの条件がついていることは、あまり知られていない。クリアできなければ取り消しの可能性もある。登録イコール千客万来だと、観光面ばかりで浮かれたっている場合ではないのだ。【2014年7月20日(日)の各紙からⅠ】
観光客の増加とゴミ・環境破壊
富士山の文化遺産登録には全会一致で認められた富岡製糸場とは違って、ユネスコやその審議機関で異論が噴出し、危ないところだったという。自然と文化を分けて考える欧米人の発想に、両者融合の価値を説いて登録を実現させた意義は大きい。
『FUJISAN 世界遺産への道』の著者は交渉担当の元文化庁長官で、練達の外交官でもあった。「皆様もぜひお読みになって、関係者の多くを動かしたこの理の、当否を考えてみてはいかがだろうか」と、毎日新聞の評者・藻谷浩介さん。
しかし、この本には書かれない問題も富士山にはある。「世界遺産になったらいいね」と言いつづけてきた野口健さんが登録を悔やんだというのには驚きだ。それだけ深刻な問題がつきまとっている。観光業は潤うが、そこに既得権や縄張り争い、観光客の増加とゴミ・環境破壊が生まれ、世界遺産登録でいっそう激化したのだ。
「それは義務か」と怒る中国人
野口さんが書いた『世界遺産にされて富士山は泣いている』は、登録だけを目的に準備が進められてきたことの問題点を浮き彫りにする。今夏は任意で一人500円の入山料を試験徴収する試みなども実施されるが、問題解決にはほど遠い。
今では「それは義務か?」と開き直って怒る中国人もいるらしい。「登山客の激増で環境汚染はさらに進む」と、野口さんは警告する。ユネスコの「条件」は2016年がクリアの期限。達成度次第では「危機遺産」に登録切り換えもあり得る。
美しい富士山をめぐる実情は複雑だ。無署名の小さな書評が朝日新聞の新書欄に。
本格的な保護対策を早くやらないと。「世界危機遺産の富士山」なんて、切実すぎて冗談にもならない。
(ジャーナリスト 高橋俊一)