切腹まで残された日々 武士のプライドが試される
『蜩ノ記』
他者のために自己犠牲に徹する。その姿に、人は不思議と心を打たれてしまう。祥伝社の『蜩ノ記』(著・葉室麟、1728円)は、江戸時代、九州大分のとある藩を舞台にした物語だ。3年後には切腹する運命にある男・戸田秋谷は、藩の歴史を編さんするという命令に従いながら、淡々と過ごしていた。監視役として派遣された檀野庄三郎は、秋谷の清廉な人柄に触れるうち、罪を犯したとされる7年前の事件に疑問を持つようになり、その真相に迫る。10年後の切腹という設定が巧みである。人生全体からすれば短いが、死だけと向き合うには緩慢に流れていく時間。主人公の心の揺らぎを想像すると感慨深い。死を恐れず、家族や農民を思う、武士の矜持が細やかに描かれている。直木賞受賞作。10月には、役所広司と岡田准一をメインキャストに据えた同名映画が公開予定だ。