東京電力原発事故後大きく報じられている放射線の話は、とても気になる。この問題については、事故当初の危機的な状況下で、政府のほか、マスメディア側も明らかに混乱をきたしていた。その後、事態がとりあえずの落ち着きを取り戻しても、原発をめぐる厳しいイデオロギー対立を反映して、放射線の影響について、首をかしげるような不安をあおるだけの極端な情報の流布がいまだに続く。
市民の知識は断片的
「専門家が答える 暮らしの放射線Q&A」(日本保健物理学会「暮らしの放射線Q&A活動委員会」著 朝日出版社 2013年7月)は、原発事故後、2013年1月末まで、放射線防護の学会である日本保健物理学会の有志が、学会の理事会の承認を得てサイトを立ち上げ、受け付けた質問1870件の中から、代表的な80件を選んで書籍にまとめたものだ。
ごく普通の市民の質問の分析から、放射線の知識がほとんどないか、あっても断片的で知識が体系化されていないこと、健康影響のメカニズムが腑に落ちないこと、「危険=その物質が元来もっている危険性×量」という量の問題が理解されていないこと、などが浮かび上がってきたという。著者たちは、被ばくによる線量は放射線の種類とそのエネルギーおよび放射線の量(数のこと)によること、また人体影響は放射線量によること、だけでも正確に伝わっていれば、質問内容も件数も変わっていたのではないかとする。
また、他の化学物質(ヒ素やダイオキシンなどの発がん物質)などに比べて放射線の影響については格段に理解が進んでいるという。それは、人類がこれまでたくさんの放射線障害事例を不幸にも積み重ねてきたからだそうだ。低レベル放射線の研究は、他の化学物質ではおよそ考えられない微細なレベルの研究だとの指摘はとても示唆深い。
本書の「直後の混乱を振り返る」(質問1~13)、「子供を抱えて」(質問14~26)、「日々の暮らし」(質問27~38)、「福島に生きる」(質問38~51)、「放射線被ばくとその影響」(質問52~67)、「専門家不信に抗して」(質問68~80)の各回答は、当時の生々しい状況を彷彿とさせるし、回答しにくいことにも誠実に対応していたことがわかる。