リアリティあふれるやり取り
スパイ小説という本書の性格上、ストーリーを予見させるような言及は控えるべきだと思うが、私が特に気に入っているところをいくつか挙げたい。
まず、登場人物の性格描写である。これが実にうまい。軍人上がりで世襲の准男爵位を持つ新任情報部長は、チャーリーにやり込められると瞼が痙攣する。用心深い世渡りをする長身の新任情報部次長は、重苦しい会議の最中こんりんざい火をつけることのなさそうなパイプの掃除に精を出す。KGBの大物である小柄な将軍は、深夜自分のアパートに戻ると、床におもちゃの戦車を並べて一人で戦争ゲームの指揮をしながら、友達づくりのできないわが身を悔やむという具合だ。
彼ら登場人物たちが交わす会話、とりわけ業務上の会議でのやりとりが極めつけに面白い。情報部長室でチャーリーが憎悪に囲まれながら、小出しに反撃を仕掛けていくやりとり。KGBの活動を最高幹部会に報告するための会議において慇懃な口調で進められる命懸けのやりとり。いずれも実にリアリティがある。英米両国情報部のトップ同士の会食の場面では、ワインや料理の趣味を褒めあいつつの共同作戦の主導権をめぐる応酬の描写のうまさに唸ってしまう。チャーリー・マフィンシリーズは10編以上書かれているが、そのいずれでもリアリティあふれる会議でのやり取りの描写は大きな魅力である。
そして本書全体を通じて流れているのは、プロに対する敬意である。チャーリーも喘息持ちの肥えた米国の工作員には敬意を払い、KGB大物もチャーリーに敬意を払い、著者もプロたちには敬意を払い続ける。このあたりが、我々職業公務員には応えられないところだ。仕事に少々疲れたときに読む本である。
山科翠(経済官庁 Ⅰ種)